(something extra) 愚行

詞:戸川純
曲:戸田誠司

“(something extra)” is a song released by ヤプーズ and included on their first mini-album CD-Y as track #4.

「愚行」朗読

【愚行】 文•戸川純

A子は死ぬ程愛しているB夫に、とある喫茶店で「別れてくれ」と言われた。
「僕はC子ちゃんという子のことを好きになっちゃったんだ。ごめんよ。悪いけど、別れてくれ」
A子はガーンと、きた。悲しい。泣いた。
「な、泣かないでくれ、君に泣かれると、つらい、やはり、うーむ」
偽りの愛の言葉を言うことは、もうできなかったが、B夫はやさしい男だったので、A子の悲しみを、少しでもなぐさめてやりたかった。
「……そうだ、お別れに、ねっ、お互い、大切なものをひとつ、交換しよう。で、記念に、ずっと持っていよう。ね、そうしよう。明日、最後にもう一度ここで二時に会おう。そんとき持ってきてくれ。ねっ、ねっ」いつものA子なら、「あっ、やっぱりB夫ってやさしいなあー」と、素直に思えたであろう。しかし、ふられた女の心理は、普通の女の子を、呪われた悪魔に変えてしまう。もう既に、A子はB夫を憎み始めていた。
A子は顏をあげた。
「……わかったわ。明日、お互いの大切なものの交換が終わったら、私はあなたをあきらめるわ」
「わーわかってくれたのかい、A子!君は僕なんかより。素敵な男をさがして、幸せになっておくれ。それじゃ、今日はさよなら!」
B夫はホッとして、逃げるように去って行った。その背中を見つめながら、A子はニヤッと笑った。

次の日の、同じ喫茶店。
A子は少し早めに来ていた。B夫が、来た。
「やあ」「どうも」
「持ってきたかい?」「ええ」
A子の目は、赤く充血していた。B夫は、やはり罪悪感に駆られ、思った。(ゆうべ寝ずに泣いていたのだろう……かわいそうだが、仕方ない)
B夫は振り切るように、「さあっ、僕のは、これだよ。父が昔、ドイツの骨董屋から買ってきてくれた、古い萬年筆だ。とっても大切にしていたんだよ。でも、君にあげようね」
B夫がさし出すと、A子は受けとった、「ありがとう」今度はA子の番だ。
「私のは、これ」
A子は、増々目を赤くして、白い小さな箱をさし出した。
「何だろう」「あけてみて」
それは、あぶら紙に包まれた、A子の人さし指であった。「ギャッ!」
B夫は、眼球が落ちそうなくらい、目を見開いて、震えた。さらに目を充血させて、A子は言った。「私の、大切なものよ、わかるでしょう。ゆうべ切ったのよ。いやー、痛くて痛くて」
A子はもう、正気ではなかった。A子のその声は、いつになくバカでかく、そしてやはり震えていた。「激痛ってこのことを言うのね。家からこのキッサ店への道順もわかんなくなったくらいよ。でも、約束の一時間前に家出たから、逆に早く着いちゃって、エへへへ」
A子はもう、自分で何を言ってるかわからなくなって来た。そして、B夫には何も聞こえてはいなかった。ただ胸が速く鼓動を打つのだった。
「私ね、これないと、いろいろ困るんだけど、大切なものって言うから、これをあなたにあげるわ。ないとほんとに困るのよ、大切なのよ、これ……」
と、A子は白い箱の中味を指さそうと、した。「あああ」B夫はうめいた。A子は指さそうにも、その指は、当の箱の中にあったのである。
「ほら、もう困るわ」
B夫は、恐怖にかられて、逃げようとした。

「待って!!」「うわあっ」「待ちなさい。これを持って行ってよ。甲斐ないしゃない」
B夫は気が狂いそうになった。
「甲斐だってぇ……!?」
「そうよ。記念に持って行ってもらわなくちゃ。何の為に切ったと思ってんのっ!!」
A子は、血のにじんだような赤い目でB夫を見上げるように睨みつけた。そしてもう一度、ニタリと笑った。B夫は、恐ろしさに泣きながら箱をわしづかみにすると、バタバタと逃げ出した。
「たっ、たすけてくれーッ!」
A子は、もう次の作戦を練り始めた。そのあまりの嬉しさに、右手にはまた死ぬ程の激痛が走り、その度、喜びか痛みか或いは悲しみかわからない、大粒の涙を落とす、A子だった。
「ハハハハハ。もっと苦しめてやる」

それから半月、B夫はC子と仲良くやっていた。
「ところで、ねぇ、B夫さん」「なんだい」
「……前の彼女と、別れるの、いろいろ大変だったんでしょ。恨んでるでしょうね、私のこと」
B夫はドキッとした。(そうだ、あれから姿を見せないが、A子はどうしただろう。や、しかし、交換したら、あきらめると確かに言っていたし、きっともう二度と会うこともあるまい。今、僕は幸せだ。あまり深く考えるのは、やめよう)
「君が心配することは、ない。むこうは、すごくよくわかってくれたよ。何のいさかいもなかった。そうだ、あれはきっと、彼女の方にも、好きな男が別にいたんじゃないかな」
「まあ、フフフ」
C子にA子の指の話なんか知られたくない。B夫は、一切を黙すことにした。

「それじゃ、又、明日ね」
「なんだい、用事でもあるのかい?今夜は僕んちへ来てくれると思っていたのに」
C子は赤くなった。彼女は純情な娘であった。
「フフッ。ごめんなさい。お友達と会う約束があるの。ホラ、この間、バイト先で知り合った女の子がいるって言ったでしょう」
そー明な読者諸君には、もうおわかりであろう。この「女の子」こそ、A子であった。
「今度、貴方にも紹介するわ。それじゃ、ね]「うん、またね」
二人はキスをして別れた。
そー明じゃないB夫と、何も知らないC子は、自分達をおおう暗雲に気付かないでいた。

渋谷駅。A子は待っていた。
「待った?」「ううん、今、来たところよ」
A子は、C子のバイト先を調べ、知り合いになり、急速に近付いていたのだった。C子は、A子の指に同情し、A子の思うがままに、偽りの友情は深まりつつあったのだった。
二人は、映画を観たあと、喫茶店に入った。
「A子さん、今日の映画のテーマみたいに、三人の男女間の友情って本当に成立するものなのかしら」「そりゃーそうよ。単なる時代錯誤な価値観だ、なんて、私は思いたくないわ」
「フーン。そうかなぁ」
C子は紅茶をすすった。「そうよ。でも、今日の映画みたいにストイックな青春映画、最近減ったわよねぇ。だから、これずっと観たいなあって思ってたの。おもしろかったでしょ?」
「ええ。私も、好きよ、ああいう関係」
A子は心の中で薄笑みを浮かべた。
「ねぇ、C子ちゃん。私に、あなたの彼氏、紹介して下さらない?」
「あら、もちろんよ。そのつもりだったわ」
「今日の映画観てて、私も、友情関係でいられる男の子、欲しくなっちゃって」
「まぁ」
C子も、心の中で笑った。A子の単純ぶりを信じての、こちらは親しみの笑みであった。しかし、すぐに、(いや、笑ってはいけない)とC子は心の中で思った。(この人は、自分の、交通事故で失ったという指のことを気にして、きっと今まで男の人に対して消極的だったんだわ)C子は自分の単純さには気付かなかった。
「いいわよ。彼はきっとあなたを気にいるわ。あなたも、彼をね。でも、A子さん、間違っても彼に恋愛感情なんて持ってしまわないでよね。A子さんと、私の彼が恋仲になってしまったら、私、二人共に嫉妬するわよ。だって二人共離したくない、私の恋人と、親友だもの」
「ホホホ、私達三人、仲良しになれそうね」
C子は、自分を真ん中にして、恋人と親友が、両脇から自分を支えてくれる図を想像して、幸せだった。

A子とC子は、その日のうちに、あるレジャーの計画を立てた。それは、A子とB夫とC子、三人のドライブ計画であった。
目指すはD岳。C子は、はしゃしいだ。
「私が、お弁当を受け持つわっ」
「じゃ、私が車を運転する」
二人の立てた計画はこうであった。
A子とC子が、道の反対側から、D岳へ向かう。B夫が、もう一方の道から、向かう。そして、任意の某地点で落ち合い、そこでC子は、B夫をA子に紹介する。
「どう、C子ちゃん。劇的でしょ」
「ええ」
C子は、(ちょっとヤリスギ?)とは思いつつも、(だけど、考えてみればこういう紹介の仕方も、ストイックな青春映画っぽいわね。確かに)と、親友のA子の明るい笑顔が見たくて、喜んで納得した。

当日、B夫は、D岳の約束の地点に、先に着いていた。B夫も、ウキウキしながら、愛するC子の親友を、あれこれ想像していた。
A子達の車が、来た。
「オーイ!ここだ、ここだ……オヤ?……ああつ!!」
バタン!と運転席からA子が降りた。
「ホホホホ、何をびっくりしているの。久し振り」
助手席から、C子が青い顔をして、叫んだ。
「B夫さん!!逃げて……。彼女は貴方を殺す気よーっ!」
「何だとっ!!」
B夫は、足がガクガクした。
「A子、君は一体何を考えているんだ!」
「ホホホホ。あなたを苦しめたいってことをよ。ここへ来る間に、私達二人の過去を、C子にぜぇ〜んぶ話したわ。ぜぇ〜んぶよ。随分とショックだったらしくて、あなたの可愛い恋人は、今日の朝食、車の中でもどしちゃったわよ。汚いわねー。挙句には、この子ったら、途中で聞きたくないなんて言って、車降りようとするものだから、ホラ、SM用の手錠で、ハンドルにつないじゃった。これがカギ。これなくちゃ、とれないのよーだ」
C子の手には、めり込むようにきつく、SM用の手錠がはめられて、いた。A子の言うように、手錠のもう一方の輪は、運転席のハンドルに、つながれていた。C子の手首から先は、もう青白く、血色がなかった。C子は泣きながら、B夫に向かって叫んだ。
「逃げてってばーッ!!」
「逃げたりすれば、C子がどなるかわからないわよ」
B夫は死にそうな位怖かった。このA子がとんでもない女であることを充分自分は知っているのだ。しかし、……あの別れの時のように……ただ、A子が怖いだけではなかった。何故なら、今度はC子がいるのだ。C子が危ないのだ。ただ逃げるわけには、いかない。
「何が望みだ……」
「だから、あなたを苦しめたいだけだってば。そうねえ、まず、その崖っぷちに立ってもらおうかしら。そう、後ろを向いて」(そんなことをすれば、突き落とされる)
B夫は当然のように思った。脂汗、冷や汗が、こめかみからあごへタラタラと流れた。
「いや?そう、それならエンジンに細工して、C子車ごと突き落としちゃうぞ」
「やめてくれーッ!!」
B夫は目をひんむいた。「おっと!こっちへ近付いたら、C子の顔に傷、つくるわよ」
A子は、更にポケットから、登山用のナイフを取り出し、太陽の光をその刃で、B夫の目に反射させた。
「ウウッ……!!」
「さあ!!その崖っぷちに、後ろを向いて立ちなさい!」
B夫には何も出来なかった。ただ言う通りにする他は、何も。
「……ったく、てってーして情けない男……」
A子は、そういうB夫に、增々イラ立ちを覚えた。情けないと思えは思う程、その情けない男に拒否された自分が、更に情けなく惨めなもののように思えてしまったからである。
C子はたまらず、グイグイと、自分の腕を引っ張るのであったが、手首に食い込んだ手錠は、ビクともしなかった。かわいそうなC子も、やはり、半狂乱になってB夫の為に、ムダにもがく以外、何も出来なかった。
崖っぷちで、後ろ向きのB夫に、A子は、ゆっくり近付いた。一歩一歩進む度、とても気持ちのいい思いか、胸を走るのだった。(この男は、私の自由だ。さて何をしよう)A子は、情けなく震えているB夫の背中を見つめて、ちょっと考えた。(今、いちばんこの男に、したいこと、させたいこと、屈辱的なコト……痛いこと……何か複雑な……おもしろい、こと……いいや!やっぱりこれが、いちぱんスカッとするわ、きっと)
A子はB夫を突き落とした。「キャーッ!」
C子は悲鳴をあげた。「ホホホホ」
A子は声高く笑った。
あわれなB夫は、しかし、ギリチョンのところで岩にしがみつき、ひっかかっていた。
「た、助けてくれーっ」
「チッ、面倒をかけるわね。エイ、エイ」
A子は、もがくB夫を、はるか断崖の底に落とそうと、足で蹴っとばした。それでもB夫は、太い草や岩に必死にしがみつき、落ちないで、いた。
A子は、そばに棒っ切れがないか、見まわした。
「突き落としてやるわ」「やめてーっ!」
C子は叫んだ。本当にB夫を殺される、と思ったその瞬間、C子は、シートから立ち上がり、必死に走り、B夫に左手をさしのべていた。
C子の、右手は、なかった。C子の右手は、A子の車の手錠にぶらん、と手首からちぎれ、ひっかかっていた。
C子の右の手首から、血がボトボトとしたたり落ちた。
「げぇっ」
A子は、驚愕に呆然とした。そのまま、C子が、B夫を引っ張り上げるまで、その様を、ただぼうっと見つめるだけであった。
「……」
「B夫さん!!」「C子ちゃん!!」
二人は、ヒシと抱き合った。「きみ、きみはそれほどまで僕のことをっ!!」
「あなたを助けたいって、それしか考えてなかったのよ!愛してるわ!!」
二人は、抱き合ったまま号泣した。
B夫は、この女のなくなった右手の分、これから愛で償ってゆこうと自分に誓った。そして、自分はC子を本当に愛しているんだ、と思った。
C子は、後悔してはいなかった。ただ、B夫を助けることが出来て良かったと、思った。
二人は本当に愛しあっていた。もう離れることの出来ない二人であった。
A子にも、それはよく判っていた。そして、こう思った。「人さし指なんて、切んなきゃよかった。ばかみたい。あんなこと、ほんとにしなきゃよかった。損しちゃった。やめときゃよかった」
もう、涙もでなかった。

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